とりとめもないこと パート2 2004年 7月  不思議


 ネガティブな人生観にも触れようかと思う。自分が教師なのにこういうことを言って叱られやしないかと内心不安なのだが、僕は先生というものは、なんというか、すごいエゴイスティックで自尊心が強い、偏見の固まりみたいな人が大半を占めているものだと思いこんできた。学生と話すとき、たまに自分もそうなんじゃないかと思うと、へこむことがある。

==回想1==
高校生の時だとおもう。
その日も数学の授業はいつも通りのんびりと行われていた。

「じゃ、みんな時間をあげるから、問題をやってください。答えは松田から当てるから。」

問題はどれも簡単だったので、答えだけ全部教科書の端にメモして、僕はずっと空を見ていた。

「それじゃ、松田。」

僕は答えをいった。その時は、先生が苦々しそうな顔をしたのが不思議だった。

「・・・じゃ、次松田」

先生の異常な行動に、一瞬教室が凍り付いた気がした。先生は、明らかに不愉快そうな顔をして睨んでいるのだ。

・・・どうする?

何かを言いかける先生の声を遮るようにして、僕は慌てて解答を言ってしまった。先生は、ぐっと詰まった後、苦しそうに「正解です」と言ってしばらく考えた後、傲慢な人間は悔い改めるべきである旨、講釈を始めてしまった。

僕が遮ってしまったとき、先生は「予習しているからといって・・・」と言いかけていたのだ。
その後職員室で「予習・・・わざわざ予習!?するわけないっす。必要ないでしょ?」と言って、逆鱗に触れた。

いくら僕が無神経でも、教壇に立っている先生が時折すごい目で僕を睨む中で授業を受けたり、エンドレスで当てられるのは本当につらい。その後は度々授業をサボるようになってしまった。実はそれ以前にも先生は僕に異常な視線を向けていたらしいのだが、僕は昔からどうにも無神経なものだからよく分からなかったのだ。

ある日、僕が家でダラダラしていると、その先生から電話があった。
「お宅の息子さんは私の授業を狙って学校をサボっている。非常にけしからん!!」
と、怒鳴られたのは母親で、僕は後ろで
「かぜです、ゲホゲホ。」
と、精一杯フォローをしていた。(誰の!!)
周りの人は、災難・・・。

思い出してみると、それ以前にも友達に教えてあげた解答が(なぜか)僕のものだと分かって先生が火を噴いたりとか、それなりに色々あった気がするけど、おおかた忘れてしまった。

僕は先生と呼ばれる人間が「エゴイスティックで自尊心が強い、偏見の固まり」みたいだと言ったが、実は先生が僕を見るときのイメージこそが、「それ」なのだ。このことは、ずっと喉のあたりに引っかかって、未だに飲込むことが出来ずに僕を苦しめる。

==回想2==
大学生になってから、結構有名な進学塾の講師の面接を受けたときのことだ。

面接の模擬授業で出されたのは3次元の平面で切り取られた立体の断面積や体積を求める(たぶん)難問で、解き方は大きく分けて2つあった。1つは、盲目的な計算をする方法。すごく手間がかかるが、どの問題でも大抵同じ解き方で対応できるはず。もう一つは、立体図から直感的に解いてしまう方法。「題意」を理解できる唯一の方法だった。実際、すごくストレートに(簡単に)解けた記憶がある。

僕は迷わずに二つめの方法を解説した。面接官は、それを聞いてこう言った。
「図を書き始めたときは”おっ、すげぇ”と思ったけど、こんな解き方、生徒は思いつかないでしょ?テストで解けなかったら意味がないんだからね。学生のこと、ちゃんと考えてる?」
「僕らは入試で問題を解くときに落ち着いて解けるように筋道をつけてあげなくちゃいけないんだけど、君の解き方を教えられると学生が混乱するでしょ?だめだよ、それじゃ。」

ため息をつく僕は、「エゴイスティックで自尊心が強い、偏見の固まり」だったに違いない。

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思い出してみるとなんだか色々あった気がするが、どれも遠い思い出だ。
たまにおもいだしては、苦しむこともある。

とにかく頑張っていっぱい結果を出さないと、ただの「傲慢な変人」になってしまう気がする。