細胞分子生理学研究室

研究紹介


味覚の謎を解きほぐし,医学・工学への応用を目指します

 味覚は外界の化学物質を検知する感覚で,嗅覚と共に化学感覚と呼ばれています。生物が化学物質を一番始めに受容するのは化学感覚器です。したがってこれらの感覚は,摂食行動,忌避行動,生殖行動に極めて重要な感覚といえます。化学物質は非常に種類が多く構造も様々です。味覚系と嗅覚系には化学物質を巧妙に識別する機能が備わっています。この点で,特定の刺激だけを検知する他の感覚(視覚,聴覚,触覚)とは異なっています。それでは,私たち高等動物はどのような仕組みで味や匂いを感じているのでしょうか。当研究室では味覚が生じる仕組みを様々な観点から研究しています。
 味覚の仕組みの解明は,単に生命現象の解明というだけではなく,分析技術の開発,機能性食品の開発,医薬品の開発など様々な領域への応用が期待されます。



味覚器


 ほ乳類の舌表面には,有郭乳頭,葉状乳頭,茸状乳頭と呼ばれる構造体が分布し,これらの構造体中に味蕾と呼ばれる味覚器が存在します。ヒトの味蕾は100個程度の細胞で構成され,味物質の受容に関わっています。


味蕾内ネットワークを調べます


 ほ乳類の味蕾細胞はその微細構造および免疫染色性でT型〜W型に分類されます。U型,V型が味物質受容細胞(T型も味物質受容細胞かもしれません),W型は他の細胞型の前駆細胞と考えられています。近年,味蕾内には細胞間の情報ネットワークが存在し,処理された味情報がV型細胞から味神経を介して中枢に伝わることが明らかとなってきました。
 当研究室では,味蕾細胞および味蕾周辺細胞に存在するネットワークの仕組みや役割についてについて調べています。


味物質の受容機構を調べます


 U型細胞における甘味・うま味・苦味の味受容機構は次のように考えられています。まず味物質が味蕾細胞受容膜に存在する味覚受容体(Gタンパク質共役型受容体)を刺激し,三量体Gタンパク質を解離させます。Gタンパク質のβγサブユニットはホスホリパーゼCβ2(PLCβ2)を活性化し,IP3およびジアシルグリセロール(DAG)を産生します。IP3は,小胞体のIP3受容体タイプ3(IP3R3)を刺激し,Ca2+の放出を引き起こします。放出されたCa2+は,TRPM5チャネルを開口し,細胞膜を脱分極させます。この結果,U型細胞に活動電位が発生し,ヘミチャネルの開口によってATPが放出されます。放出されたATPは神経あるいはV型細胞を刺激することになります。
 当研究室では,味蕾細胞や味蕾周辺細胞の味物質の受容について調べています。


味覚に及ぼす浸透圧効果を調べます

 味応答は味物質の濃度に依存して増大します。これは味受容体への味物質の結合量の違いによるとこれまで考えられてきました。しかし,味溶液の濃度が増大すると溶液の浸透圧も同時に増大することになります。つまり,高濃度の味物質の応答は,味物質自体の応答と浸透圧が関与する応答からなっている可能性があります。当研究室では,そのような観点からウシガエルの塩化ナトリウム応答に及ぼす浸透圧の影響を調べ,次のような結論を得ました。すなわち,舌表面に高濃度の塩化ナトリウムが存在すると,細胞の収縮によって味蕾細胞間に存在するタイトジャンクションのイオン透過性が上昇し,透過する塩化物イオンとナトリウムイオンの移動度の違いから拡散電位が発生します。この拡散電位が,受容器電位を増強するというものです。
 当研究室では,ほ乳類の味応答に対する浸透圧の効果についても調べています。



味覚器以外に存在する味覚受容体の役割を調べます


 味物質は舌上の味蕾細胞に存在する味覚受容体に結合することによって味覚を生じます。21世紀に入り,甘味受容体(T1R2/T1R3),うま味受容体(T1R1/T1R3),苦味受容体(T2R)の存在が次々と明らかにされました。これらの味覚受容体は,Gタンパク質共役型受容体(GPCR)に分類され,甘味受容体とうま味受容体は各1種類,苦味受容体はヒトでは25種類,マウスでは35種類が存在します。最近,T1RやT2Rが味覚器以外の脳,鼻腔,食道,気道,十二指腸,胃,空腸,回腸,大腸などにも存在することが明らかになってきました。
 当研究室では,味覚器以外に存在する味覚受容体の役割について調べています。