この研究は、内田が発見した「新しい原子の積み重なりかた」(Uchida, Acta Cryst. (2000))
古典分子動力学シミュレーションによって検証した論文です。


問題は簡単で、

「原子が密に並んだ1原子層に原子空孔がある系を考えます。
この系に原子を追加して置く場合、追加された原子はどこに位置するでしょうか?」


















簡単そうに思える問題ですが、奥が深いです。

17世紀の科学者ヨハネス・ケプラーは惑星の運動に関する「ケプラーの法則」の発見者として有名ですが、
ケプラーは同じ大きさの球を並べたときにできる多面体や空間充填率の研究も行いました。

内田の発見した「新しい原子の積み重なりかた」も、同じような普遍性をもっており、
二十面体(icosahedron)が自然と現れてきます。


さて、「原子空孔がどう並んだら二十面体が出てくるでしょうか?」

また、「多数の原子空孔があるような系の最大空間充填率はいくつでしょうか?」 

ちなみに、同じ大きさの球による六方最密充填や立方最密充填の空間充填率は約0.74です。
上記の問題は、大小2種類のサイズの球による空間充填あるいは複数種の多面体による空間充填の問題
ともみることができそうです。


















原子空孔の並びを準周期や非周期にもすることができ、手に負えなそうな感じです。
いわゆる「ケプラー予想(Kepler conjecture)」はコンピュータ数学で証明されているそうですが、
この場合もすでに解かれているのでしょうか。



もう一つ、本研究結果で興味深いことは、「準結晶」との関連です。

準結晶(5回などの回転対称性をもつ不思議な物質。最初に発見したダニエル・シェヒトマンは準結晶の発見で
2011年のノーベル化学賞を受賞)の起源を明らかにする手がかりを与えると考えています。


現在、準結晶は短距離秩序をもつクラスターあるいは多面体が集まってできていると考えられています。
ただ、どうしてクラスターが集まって、長距離秩序をもつようになるのかはよく分かりません。

たとえば、ロジャー・ペンローズ(2020年に宇宙論でノーベル物理学賞を受賞していますが、
ペンローズタイルの提案者としても有名)は、準結晶について次のように述べています。

 ‘I couldn’t see how nature could do it because the assembly requires non-local knowledge’

(私はどのように自然がそれをなし遂げているか分からない。なぜなら、その集合体は非局所的な情報を必要としているからである。)


われわれの研究は、逆方向、すなわち、長距離秩序があって短距離秩序(クラスターや多面体)ができてもよいことを示しています。
さて、どちらが鶏で卵でしょうか?

「内田の原子の積み重なりかた(Uchida stacking motif)」は、規則がシンプルで、
多種類で複雑なクラスター(多面体)やクラスター間の「糊」を考える必要がありません。